アスリートにとって睡眠不足は、注意力や判断力の低下、さらにはケガのリスク増大につながることが知られています。特に、成長期のアスリートにとっては、睡眠こそがパフォーマンスの「土台」となります。厚生労働省は、中高生に8〜10時間の睡眠確保を推奨しています1)。一方、Bird のレビュー2)では、アスリートは7〜9時間の睡眠を基本とし、負荷や回復状況によっては10時間前後(場合によっては10〜12時間)が必要になる可能性が示されています。本記事では、睡眠がアスリートのパフォーマンスにどのように影響するのかをお伝えし、最後に「睡眠の土台」を固めるための実践的なポイントを紹介します。目次 睡眠不足がアスリートにもたらす影響「睡眠を延ばす」と実際どう変わる?「睡眠の土台」を固めるまとめ睡眠不足がアスリートにもたらす影響アスリートの皆さんは、よくコーチやスタッフに「睡眠の量や質を確保しましょう」と言われることはありませんか?—なぜ「睡眠の量や質」が重要なのかその理由は、脳機能と運動出力の双方が落ちるからなのです。持久・限界までの時間トルコで行われた男性ランナー/男性バレーボール選手を対象とした研究 3)では、一晩徹夜した(睡眠剝奪)後、運動時の分時換気(VE:1分間に出入りする空気の量)が両群で低下し、疲労到達時間はバレーボール選手のみ短縮された結果となりました。これにより、睡眠不足によって運動能力が低下する可能性が示唆され、さらに、影響はランナーよりバレーボール選手の方が大きい可能性があります。ケガのリスク中学・高校アスリートの研究 4)では、平均睡眠8時間未満の群は、8時間以上の群に比べてケガの発生が約1.7倍というデータがあります。回復・健康睡眠不足は成長ホルモン分泌の阻害、免疫低下、筋修復の遅延、自律神経の乱れなど、回復の基盤を壊すリスクが指摘されています 5)。国内報告 国内の大学生アスリート1,073名を対象とした調査では、睡眠に問題を抱える選手ほど腰痛を持つ割合が高いことが報告されています(アテネ不眠尺度AISスコア6点以上)。もちろん横断研究のため因果関係は断定できませんが、「眠りの乱れ」が痛みやケガのリスクを高める一因となっている可能性があります。「睡眠を延ばす」と実際どう変わる?実は、睡眠を“増やす”だけで、パフォーマンス指標が改善した報告が複数あります。男子バスケットボール(スタンフォード大学)睡眠時間を10時間に延ばすだけで、スプリントタイムが速くなり、シュート率も向上したという報告があります 7)。この結果は、睡眠が「パフォーマンスを高めることに繋がっているというのがわかります。大学競泳(スタンフォード大学)10時間の睡眠で、日中の眠気や疲労の減少のほか、15mスプリント泳の改善、反応時間短縮、ターン時間改善などの向上がみられました8)。大学テニス (ワシントン州の大学内の男女テニス部員)睡眠時間を一晩あたり約7時間から約9時間に延ばすことで、セカンドサーブ成功率が上がり、日中の眠気も大きく減ったという報告があります 9)。「睡眠が足りないとパフォーマンスが下がる」だけでなく、「しっかり眠ることでパフォーマンスが上がる」──そんなエビデンスも増えてきています。まだまだ研究途中ではありますが、パフォーマンスを高めたいアスリートにとって、まず “睡眠時間を確保すること” は欠かせない土台といえるでしょう。「睡眠の土台」を固める目標平日も7〜9時間 の睡眠を心掛ける※自分に合った睡眠時間を見つけましょう。就寝1–2時間前ルーティンぬるめ入浴10〜15分 → 軽ストレッチ → 鼻呼吸光のコントロール22時以降は、画面の光を弱く/ベッドに端末を持ち込まない。昼寝15〜20分まで。夕方以降は避けましょう。テスト週睡眠は削らないように心がけましょう。思春期は、体内時計が少し遅れがちで、夜になると眠くなるのも遅くなります。そのため、朝早く学校や練習があるときは、寝る時間を少し早めることと、短い昼寝で体内リズムを調整するとよいでしょう。まとめ睡眠は、「今日の練習の質」と「明日の回復」の両方を底上げする最短ルートです。睡眠時間の確保を心がけ、パフォーマンスを最大限に高めましょう。参照1) 厚労省『健康づくりのための睡眠ガイド2023』 2) Bird Stephen P.: Sleep, Recovery, and Athletic Performance. Strength and Conditioning Journal. 2013, 35(5) : 43-47.3) O Azboy, Z Kaygisiz .: Effects of sleep deprivationon cardiorespiratory functions of the runners and volleyball players during rest and exercise. Acta Physiologica Hungarica,2009 , 96 (1) : 29–36 4) Milewski, Matthew D. MD et al .: Chronic Lack of Sleep is Associated With Increased Sports Injuries in Adolescent Athletes. Journal of Pediatric Orthopaedics , 2014,34(2) : 129-1335) Kenneth C. Vitale et al .: Sleep Hygiene for Optimizing Recovery in Athletes: Review and Recommendations.Int J Sports Med, 2019 , 40(8) : 535–5436) 関口拓也ほか:大学生アスリートにおけるスクリーンタイムと運動器障害(科研費報告書 20K17985).(2022)7) Cheri D Mah et al .: The effects of sleep extension on the athletic performance of collegiate basketball players. sleep, 2011,34(7) : 943-508) Mah CD, Mah KE, Dement WC.: Extended sleep and the effects on mood and athletic performance in collegiate swimmers. Sleep 2008; 31: (Suppl.) A1289) jennifer Schwartz . Richard D. Simon Jr .:Sleep extension improves serving accuracy: A study with college varsity tennis players. Physiology & Behavior , 2015 151 : 541–544