アスリートの食生活パターンや腸内細菌、パフォーマンスについてのレビュー論文※をベースに、内容を噛み砕きながら翻訳、説明を足しながらわかりやすくなるように記事にしています。そのため、本記事執筆者の解釈部分を排除して読みたい方は、参考論文の原文をお読みください。※レビュー論文とは特定のテーマについてすでに世の中に出ている研究(報告)を評価・批判し、まとめたもの目次はじめに前編の要点腸内細菌叢 (ちょうないさいきんそう)の概要 3-1.腸内細菌叢の構成や多様性は年齢によって種類が変化する 3-2.腸内細菌叢の健康に対する主な機能腸内細菌叢と運動の関係 4-1.アスリートの腸内細菌叢の実態 4-2.運動介入による腸内細菌叢への影響 4-3.腸内細菌叢が運動パフォーマンスに与える影響1. はじめに近年、競技スポーツの発展につれて、より高い運動パフォーマンスに対する需要が高まっており、トレーニング戦略、食事パターン、トレーニング環境などの要因は、運動パフォーマンスの向上において大きな注目を集めています。これらの要因のうち、特に「食事パターン」はトレーニング戦略と並んで特に重要です。アスリートは、コンディションの最適化やトレーニング後の疲労回復を促進するために、十分な栄養を摂取することが不可欠であり、様々な食事パターンは運動パフォーマンスに何らかの影響を及ぼしている可能性があると考えられています。ところが、食事パターンが運動パフォーマンスにどう影響を及ぼすのか、その報告は足りていないのが現状です。最近では、「腸内細菌叢(通称:腸内フローラ)」が食生活 (食物繊維やアントシアニンなどの特定の栄養素の摂取)と運動パフォーマンスの仲介役としての役割があるのではないかと注目を集めていますが、腸内細菌叢を介した食生活と運動パフォーマンスとの繋がりについては深く調査ができていません。本記事のベースとなったレビュー論文は、腸内細菌叢の概念や機能の紹介、いくつかの食生活パターンがアスリートの運動パフォーマンスにどのように影響するのかを調べた研究の要約、栄養素を介した腸内細菌叢との相互作用について、食生活を介した運動パフォーマンスを向上させるための新しい見解を報告することを目的とした論文になります。2. 前編の要点運動と腸内細菌叢の相互作用は、アスリートの運動パフォーマンスに影響を与える。3.腸内細菌叢の概要3-1. 腸内細菌叢の構成や多様性は様々な要因(年齢、性差、環境)によって変化する!?腸内には細菌がおよそ1000種類、100兆個も生息し、多くの細菌が住んでいる様子が「お花畑([英]flora)」に見えることから、腸内フローラと言われていましたが、最近では叢 (くさむら)という文字を使用して腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)とも呼ばれています。ヒトの腸内細菌叢の構成や多様性というのは、年齢によっても種類が変化するだけでなく、性差や食習慣、抗生物質の使用、宿主の遺伝的特徴、ライフスタイルの選択、外科的介入、薬物乱用障害、精神疾患、運動など、数多くの要因によっても、腸内細菌叢の多様性に影響を与えることがわかっています。例えば、日本人の腸内細菌叢における性差の違いも報告されています。男性に有意な腸内細菌:Prevotella (プレボテラ属), Megamonas (メガモナス属),Fusobacterium( フソバクテリウム属), Megasphaera (メガスファエラ)女性に有意な腸内細菌:Bifidobacterium (ビフィドバクテリウム), Ruminococcus (ルミノコッカス属), Akkermansia (アッカーマンシア属)細菌の特徴Prevotella (プレボテラ属)脂質やたんぱく質の摂取量が多い場合は、Bacteroides(バクテロイデス属)の細菌、糖質や食物繊維の摂取量が多い場合は、Prevotella (プレボテラ属)の占める割合が多いことが報告されている。Prevotella (プレボテラ属)は多糖類やセルロースといった様々な炭水化物を分解し、短鎖脂肪酸を合成する酵素を多く持っていることがわかっている。1)Megamonas (メガモナス属)現在Megamonas (メガモナス属)のヒトの健康に対する役割は明らかになっていないが、糖尿病や心不全などの患者においてメガモナス属の細菌が著しく減少していることや、メガモナス属の存在量は、身体活動量の多い子どもにおいて増加していることが報告されており、これらのことからメガモナス属はヒトの健康に有益な効果をもたらす可能性があることを示唆している。また、最近では、動物実験の結果、メガモナス属に属している細菌が脂質代謝の調節に有益な役割を持つことが報告された。2)Fusobacterium (フソバクテリウム属)酪酸産生細菌である細菌が属しているが、細胞毒性も示唆されている。また、腸内でのFusobacterium (フソバクテリウム属)の増加は、免疫回復の低下や腸粘膜バリアの低下により、潰瘍性大腸炎、急性虫垂炎、大腸がんなどの炎症性疾患と繋がっている可能性が示唆されている。(3Megasphaera (メガスファエラ属)Megasphaera (メガスファエラ属)に関しては未だ研究が少なく、例えばメガスフファエラ属に属するMegasphaera elsdenii (メガスファエラ エルスデニ)という菌種は、 糖類や乳酸の消費能力が高く、酢酸や酪酸などの短鎖脂肪酸を生成すること、人獣共通の腸内細菌であることなどが明らかになってい る。4)Bifidobacterium (ビフィドバクテリウム : ビフィズス菌) 腸内でオリゴ糖などの糖を分解して、短鎖脂肪酸である乳酸や酢酸を産生する。5)Ruminococcus (ルミノコッカス属)腸内で食物繊維の主成分セミロースを分解する能力を持ち、女性だけではなく、肥満の人の腸内細菌叢にもRuminococcus (ルミノコッカス属)が増加することがわかっている。ルミノコッカス属は糖質の吸収と脂肪の蓄積を促進し、脂肪細胞から炎症物質が分泌されることで脳梗塞や心筋梗塞などのリスク上昇を招く可能性がある。6)Akkermansia (アッカーマンシア属)粘液の生成と厚さに関して、Akkermansia (アッカーマンシア属)菌が腸内の健康な粘液層にとって重要であるとされ、その中でもAkkermansia muciniphila (アッカーマンシア・ムシニフィア)は、腸の栄養豊富な粘液層に生息するムチン分解細菌であり、ムチンをエネルギー源として、主にプロピオン酸や酢酸を産生する力を持つ。7.8)3-2.腸内細菌叢の健康に対する主な機能とは腸内細菌叢は、腸内で消化できない食事残渣を処理して 「短鎖脂肪酸(short-chain fatty acids : SCFA)」 を産生することで代謝機能に関与し、私たちの代謝恒常性維持の力になることがわかってきています。さらに、腸内では短鎖脂肪酸以外にも、数多くの微生物代謝産物がさまざまな生理機能に重要な役割を果たしています。例えば、以下の通り。胆汁酸...脂質の取り込みを促進し、消化管機能を維持リポ多糖 (LPS) やペプチドグリカンなどの脂質...免疫系機能の向上、脳腸肝軸の活性化を通じて、グルコース恒常性を調節コリン...脂質代謝とグルコース恒常性を調節 また、腸内細菌叢は短鎖脂肪酸の生産の他に、細胞の増殖やターンオーバーを促進することで胃腸バリアの強化に積極的に貢献し、それによって生理活性機能を高める役割も担っています。このように、腸内細菌叢は身体に様々な利点をもたらすと言われていますが、腸内細菌叢のバランスが崩れたり、腸内細菌の偏り(多様性の低下)の影響により、糖尿病、心血管疾患、炎症性腸疾患(IBD)、NAFLD、肥満などの疾患につながる可能性があります。注目すべきことに、腸内細菌叢の3~5%を占めるAkkermansia muciniphila (アッカーマンシアムシニフィア)の存在は肥満の人では減少し、バクテロイデス門に属するAlistipes putredinis (アリスティペス プトレディニス ) が2型糖尿病と肥満の人に代表されますが、いくつかの研究で、食事介入と運動介入が、腸内細菌叢の構成と多様性を良い方向に持っていく効果的な戦略として有望であることが明らかにされてきています。4. 腸内細菌叢と運動の関係4-1.アスリートの腸内細菌叢の実態とはアスリートの腸内細菌叢には、Akkermansia spp.(アッカーマンシア属菌)、Prevotella spp .(プレボテラ属菌 )が多いことが知られています。例として、Clarkeらがアイルランドの国際ラグビー選手を対象に実施した研究をあげると高BMI(BMI> 28)と低BMI(BMI < 25)を含む異なるボディマス指数(BMI)の健康な非アスリートで構成される2つの座りがちな対照群を設定し、その2つの対称群とアスリートの腸内細菌叢について調査した結果、アスリート群は、両方の対照群と比較して糞便細菌叢の多様性が高いことがわかりました。さらに、アスリートの腸内細菌叢は22門の細菌で構成されていましたが、低BMI群と高BMI群ではそれぞれ11門と9門しか見つからなかったことも判明し、特にアスリートと低BMI群では、高BMI群と比較して、痩せ菌ともされる表現されることもあるAkkermansia muciniphila (アッカーマンシア・ムシニフィア)の増加が観察されました。まとめると、この研究でアスリートと運動不足のグループでは腸内細菌叢の構成/多様性が異なることが示唆されています。この構成/多様性の違いは、アスリートは主要栄養素(特にたんぱく質)、食物繊維の摂取量の違いが影響している可能性が考えられると考察されています。4-2.運動介入による腸内細菌叢への影響運動介入が腸内細菌叢に与える影響をさらに調べるために、「運動」と「腸内細菌叢の構成の変化」との因果関係を探る研究が行なわれました。運動不足でトレーニングをしていないフィンランド人女性に対して、食習慣、体重、体組成などの要因をコントロールしながら持久力運動の介入を試みた結果、持久力運動の介入が、腸内細菌叢に変化を誘発したことが確認されました。詳しくは、トレーニング後の総エネルギー摂取量や主要栄養素、食物繊維量、腸内細菌叢のα多様性や門レベルにおける違いはありませんが、、持久力運動によって腸内の炎症に関連するプロテオバクテリア門のレベルを減少させながら、Verrucomicrobia (ウェルコミクロビア 門)とAkkermansia (アッカーマンシア属 ) の相対的存在量の増加につながったことが報告されています。また、持久力運動に加えて、レジスタンストレーニングも腸内細菌叢に影響を与えることがわかっており、10週間のレジスタンストレーニングがトレーニングをしていない若い成人のα多様性を改善できることを明らかにしています。このように、運動と腸内細菌叢の関係性についてわかってきていますが、注意点として、まだまだ運動と腸内細菌叢の関係性について研究が必要である点や、腸内細菌叢に対する運動の効果には、他の要因であるBMIが運動に対する腸内細菌叢の反応に影響を与える可能性があるということも理解しておきましょう。4-3.腸内細菌叢が運動パフォーマンスに与える影響運動が腸内細菌叢の構成に大きな影響を与える一方で、腸内細菌叢から相互に影響を及ぼすことも知られています。例えば、Marttinenらによるレビュー論文で、アスリートに対してプロバイオティクスの摂取が胃腸および上気道疾患の症状を軽減し、身体能力を高め、運動後の回復を改善し、気分関連の結果を改善する可能性があることを報告しています。プロバイオティクスとは、身体に一般的に良い影響を及ぼすとされている菌(ビフィズス菌や乳酸菌など)のことを指し、もう一つよく聞く言葉としてプレバイオティクス(身体の中の善玉菌たちを増やす働きがある食品成分のこと(食物繊維やオリゴ糖など)があることは覚えておきましょう。最近では、どちらの性質も併せ持つシンバイオティクス食品の開発もされてきています。文献情報原題のタイトルは、「Dietary Patterns, Gut Microbiota and Sports Performance in Athletes: A Narrative Review」。〔Nutrients. 2024 Jun ; 16(11) : 1634〕原文はこちら (PMC11175060)<菌種の説明の引用文献>1) 中島 裕也 , 入江 潤一郎 , 伊藤 裕 .: 食文化と腸内細菌 - 米食文化とPrevotella属-. モダンメディア , 2020 , 66 (7) : 2112) Xinyue Yang et al .: Inulin-enriched Megamonas funiformis ameliorates metabolic dysfunction-associated fatty liver disease by producing propionic acid.NPJ Biofilms Microbiomes , 2023,9(1):843) Soo Ching Lee et al .:Enrichment of gut-derived Fusobacterium is associated with suboptimal immune recovery in HIV-infected individuals . Sci Rep , 2018,8(1):142774) 大西 章博 .:カラダに潜む‘小さなクルミのような巨大な球体’は何者か?. 生物工学会誌 , 2016,94(8):5005) 渡部 恂子.:腸内糖代謝と腸内細菌. 腸内細菌学雑誌 . 2005,19:169-1776) 安藤 郎 .:新たな臓器としての腸内細菌叢. 日消誌 . 2015,112:1939-19467) Yonglin Chen et al .: Dietary Patterns, Gut Microbiota and Sports Performance in Athletes: A Narrative Review . Nutrients. 2024 ,16(11) : 16348) Clara Belzer , Willem M de Vos.:Microbes inside--from diversity to function: the case of Akkermansia.ISME J. 2012,6(8):1449-58